私は天使なんかじゃない






同盟






  目的の為には時に同盟は必要だろう。
  それが例え同業者だとしても。





  歴史博物館から2日後。
  私はハトバの街にまだいた。
  「ワインヲドウゾ」
  「ありがとう」
  注文した飲み物を運んできたブレインロボにお礼を言い、私はワインを啜る。
  場所はハトバの、トミという老婆の酒場。
  昼時だからかあまり客はいない。
  元々ここは少数の常連客以外しか固定客はおらず、大抵の呑兵衛はマドロスの酒場に向かうものだ。私は静かな方がいいので、ここを好んでいる。もちろん情報収集の一環、ということでもある。
  マドロスの酒場にも定期的に通ってはいるがまだビイハブ船長には遭遇できていない。
  住んでいる場所は分かっているし別に船長自体に用はない。
  用があるのは船だけ。
  強奪すれば話は早いし後腐れもないのだがそもそもビイハブはハトバにはいないようだ。どうもUシャークというミュータントザメを追っているようだ。
  展開はあまり進んでいない。
  だけどゆっくりとだけど進んではいる。
  焦らないことだ。
  トミとキンゾーは何やら喋っているが私にはどうでもいいことだ。
  歴史博物館で入手した日記をワインを啜りながら読む。



  『進行する地球環境の汚染と破壊を食い止める為に我々ヴラド・コングロマリットはかつてない情報処理能力を持ったスーパーコンピューターの開発に携わった』
  『アメリカ最大の計画に携わったのだ』
  『有機、高分子、素子による3次元処理、ノイマンーナルノイマンの多元構造を持つ、我々は迫りくる破滅から人類を救ってくれる願いを込めたスーパーコンピュータを作り上げた』
  『その名はNO.A』
  『我々は救世主として役割を持つNO.Aを、ノアと呼ぶことにした』

  『何が起きたのか?』
  『博物館内のセキュリティが暴走しているっ! 人を殺し始めているっ!』
  『ノアの端末がまったく反応しない』
  『これは、まさか地球救済センターのノアが暴走しているのか? ノアの機能に狂いが生じているのか? ラジオで騒いでいる、アメリカ中で同じことが起きているようだ』
  『中国の仕業なのか?』
  『だがノアにハッキングすることはできない、我々にだってできない』
  『一体何が起きているんだ?』



  地球救済センター。
  スーパーコンピューターのNO.A、通称ノア。
  「知らないことばかりだ」
  私の旅はいつも目的があった。
  今回のその為の旅。
  裏切り者エリヤの抹殺、COSの壊滅、それが目的であり私の旅だ。いつだって目的がある旅であり、それ以外のことは目にもくれては来なかったが……世界とは広いものだ。
  世界は広い。
  今回の任務が終われば休暇もいいだろう。
  エリヤさえ倒せば。
  エリヤさえ倒せばすべてが終わる。
  最愛の女性ベロニカがモハビBOSに内通を疑われることも、目の仇にされることも、マクナマラの指示で暗殺される可能性もなくなるだろう。
  あの爺さえ始末すれば私の旅は終わるのだ。
  今更ベロニカとヨリを戻せるとは思ってない。
  私はBOSなどどうでもいいが、彼女はBOSの期待に応えること、BOSであり続けることに対して喜びを持っている。
  「トミさん」
  グラスのワインを飲み干す。
  「何だい?」
  「支払い」
  「ええっと、ワイン2杯だから30キャップだよ」
  「分かった」
  ジャラジャラ。
  キャップを並べる。

  「あれぇ? もう帰っちゃうの? 今来たところなのに」

  うるさいのが来たな。
  ビリージーン、傭兵だ。とはいえ別に余所者と言うわけではなく、この出身の傭兵。こんな孤島で傭兵なんて仕事があるのだろうか?
  まあ、密輸業者が街を襲うことがあるらしいし海にはUシャークがいる。
  それなりに需要があるのだろう。
  どうでもいいことだが。
  「クリス、一杯飲もうよ」
  「飲んだ」
  「つれないなぁ」
  「……」
  馴れ馴れしい奴。
  何なんだろう。
  親しげな彼女を振り切って私は店を出た。ここで友達を増やすつもりは別にない。
  さて、どうしたものか。

  「船はまだかーっ!」

  船着き場でまた叫んでいる男がいる。
  毎度のことだ。
  「帰るか」
  サキの宿に。
  今のところここに来て特に成果があるわけではない。
  SEEDがここに来ていたのはいささか想定外だったが、特に問題はないだろう。あの機関は核解体に血道を挙げるご苦労な奴らで、今まで実績がある。BOSとも協力関係にある。
  あの連中、アレックスたちのお蔭でエリヤがここに来た理由も分かった。
  原子力潜水艦、それが目的。
  それが分かっただけでもまだマシか。
  「そうだ」
  銃でも見ていくか。
  街の西側にプルートとかいう男が経営している武器店がある、とサキが言っていたな。
  ハトバ唯一の武器屋だとか。
  手持ちの武器が9oピストルとスナイパーライフルのみ。
  自分の戦闘スタイルの結果とはいえ、COS相手では少々心許ない。
  行ってみるか。
  足を西に向けた。
  「……」
  街は活気に満ちている。
  化け物鮫のUシャークによって孤島と化しているにも拘らずだ。
  人間とはしぶといものだ。
  ……。
  ……疲れているのかもしれないな。
  考え方が捻くれている。
  休暇が必要だ。
  やれやれ。
  「ここか?」
  コンクリ造りの建物が目に留まる。二階建て。
  看板が出ているが何と書いているか分からない。達筆すぎるのか、下手すぎるのか。
  周りに建物はない。
  情報通りなら多分ここなのだろう。とりあえず何らかの店なのは確かだ。
  「失礼」
  建物に入る。
  でっぷりとした腹の下髭面の親父がじろじろとこちらを見ている。
  嫌な感じだ。
  何の挨拶もない。
  ガラスのショーケースにはハンドガンが並び、壁には様々な銃火器が飾られていた。
  「へぇ」
  思わず感嘆の声。
  品揃えは決して悪くない。
  「何が欲しいんだ? あん?」
  「……」
  柄が悪いな。
  「9oピストルの弾丸。50発」
  「500キャップだ」
  「はあ?」
  西海岸では1発1キャップだ。
  場所により需要と供給がある、それは分かる。だが10倍はないだろ。そういえばサキが言ってたな、高いと。ぼったくり過ぎだろ。
  「文句あるのか? あん?」
  「高い」
  「なら買うな。選択の自由はあるだろ。買う買わないはそっちの自由だ、価格を決めるのは俺の自由だ。問題は?」
  「やれやれ」
  異郷の地でぼったくりとは。
  残弾はまだある。
  ここで補給できなくても問題はない。むしろここで補給してしまうと路銀に影響がある。
  品揃えは文句なしだがこの価格では銃火器も買えないな。
  仕方ない。
  「帰る」
  「ふん、貧乏人が」
  「……」
  売る気ないでしょ、こいつ。
  「お前旅人だろ、見たことないしよ。何か珍しい物を見つけたらここに持ち込めよ。ロボットの部品とかも買い取ってるぞ」
  「……」
  無視して店を出る。
  それにしてもあの品揃え、この島でどうやって揃えたのだろう。
  まあ、出所なんかどうでもいいが。
  サキの宿に帰るとしよう。
  今日という一日が無為な気もするが焦る必要はない。焦れば油断と失敗が生まれる。
  エリヤの目的は分かっているんだ。
  200年前の原子力潜水艦の引き揚げは時間が掛かる、整備にもだ、ならば時間的にまだ余裕がある。ゆっくりするつもりはないが、じっくりと作戦を練るとしよう。
  「ただいま」
  サキの経営する宿に帰ってきた。
  サキの出迎えはない。
  残念だ。
  彼女の水着姿は……げふんげふん。
  「ふぅ」
  廊下を歩き、借りている部屋の扉を開ける。
  しばらくゆっくりと……。

  「やあ」

  「……っ!」
  部屋を開けたらベッドの上に男が座っている。
  金髪の、ダスターコートを着込んだ男。
  ここに来る際に船で襲われた。
  別の刺客かっ!
  「誰」
  9oピストルを構える。
  男は座ったまま。
  船での刺客がCOSなのか、全く関係ないのかは知らないが、少なくとも私はこの男を知らない。敵と判断した。だがここで撃てば部屋が汚れる。サキは汚れを嫌がるだろう。
  かといって見逃すには危険過ぎる。
  まあいい。
  撃てば済む話だ。
  「あー、待ってください」
  銃口を向けたまま。
  相手はベッドに腰掛けたままだが隙がまるでない。銃も持っていないのにこの威圧感、この男、只者ではない。
  何者だ?
  「ここは私の部屋」
  「ええ。知ってます。待たせてもらいました」
  「勝手に待たれても困る」
  安全装置は外してある。
  撃とうと思えばいつでも撃てる。
  「サキさんには許可を頂きましたよ」
  「サキに?」
  「ええ」

  「クリスさん、お昼食べました? まだでしたら用意しますけど?」

  サキの声。
  どこか陽気に聞こえる。
  機嫌が良いのか?
  「彼女には銀のオルゴールをプレゼントしたんです」
  「銀のオルゴール」
  そういえば祖母の形見がどうとか言ってたな。
  そして銀のオルゴールはソドムの街で売りに出されているとかソドムで誰かに聞いたことがある。
  「何故彼女がそれを求めていると?」
  「ここで部屋を借りて、僕好みに借りた部屋に物を置いていたんですよ。オルゴールもね。そうしたら彼女が泣き出しまして。事情を聴いてプレゼントした次第です」
  「そ、そう」
  ……。
  ……都合が良い展開だな。
  まあ、いいのか?
  うーん。
  「とりあえず僕の話を聞いてくれませんかね、クリスティーン・ロイスさん」
  「お前何者?」
  ただの変質者なら私の名前は知らないはず。
  押し込み強盗にしてもだ。
  「COSか」
  「実は厄介な状況でして」
  「言え」
  一歩下がる。
  銃口は向けたままだ。
  「僕の名前はジョン。デリンジャーのジョンとも呼ばれている殺し屋さんです」
  「デリンジャー、お前が」
  西海岸にもいたことがある有名な殺し屋だ。
  面識はないが知っている。
  厄介な奴が出て来たものだ。
  そしてそんな奴が私の名前を知っている、COSかという問い掛けにも否定も肯定もしないということは……こいつ、COSの回し者か。
  「僕と手を組みませんか?」
  「……?」
  「僕はルックアウトに観光に来たんですよ。そしたら昔暗殺したトバルが生きていまして。そいつを始末する為には信頼を得ること、近付く為にはCOSの元で実績を残すことでして」
  「何が言いたい」
  「つまり、です。COSの元で名を挙げ、その評価を元にトバルに自分を売り込みたいんですよ」
  「回りくどいわね。すぐにトバルを殺せばいい」
  
言ってから気付く。
  トバル?
  フェリー乗りのトバルのことか?
  「死んだはずよ」
  「そう、死んだはずだった。ところで、どうして死んでいると知っているんですか?」
  「ソドムで聞いた」
  「ですよね。しつこいまでにそのことを皆話したがる。何故かトバルは死んだとアピールしたがる。不思議ですよね。そのことに関してどう思います?」
  「……まさか、そう仕向けている?」
  「そうです」
  確かに。
  確かにしつこいまでに聞いた。
  トバルは死んだと。
  「つまり、ソドムはトバルの意志が働いている? 何の為に?」
  「率直に言いますけどトバルはバルトです」
  「どういうこと?」
  「それに関してはどうでもいいはずです。同一人物、それだけで話が終わります。僕は過去に請け負ったトバル抹殺の依頼を完遂する、その為にCOSの元で名を挙げ、信頼を得て、バルトの元に
  売り込める実績が欲しいんですよ。ここに来た理由はお判りでしょう? 今のところはCOSの依頼でここにいるわけです」
  「私の抹殺」
  「そうです」
  「しかしすぐには殺すつもりはない」
  「僕はバルト抹殺の為に近付いただけに過ぎない。あなたのことはどうでもいいんです。殺してもいいんですが、手を組んだ方が相手を攪乱できますからね」
  「……」
  使い勝手は良さそうだ。
  味方、というわけではない、利用し合う同盟関係。
  どうする?
  「バルトは何をしたいの?」
  「背後には誰かいるのかもしれません、何らかの組織を率いています。市民証のリングありますよね? あれ、発信機ですから」
  「COSとバルトは繋がってる、のよね?」
  「そうです」
  COSで働き、その評価を元手にバルトに近付こうとしている。
  つまりはCOSと市長は懇意、仲間、いずれにしても近い関係にある。リングが発信機ならCOSはバルトを通じて私の居場所を知っている。だから船で襲われたのか。
  追尾されている、ある程度の場所はばれている。
  「どうです?」
  「私の邪魔をしないなら、ね」
  「当然です。お互いのやりたいことをしましょう、あなたはCOSを追う、僕はバルトを消す、そんな同盟関係はいかがです?」
  「いいわ」


  デリンジャーのジョンとの同盟、成立。